Whistle Life

食と農の話題を中心に、日々の雑感をつづります。

米は日本人の精神的土台?

 

日本の農業:改革すれば世界と戦える

日本農業の記事を読んでいたら、気になるコメントがありました。それは渡部恒三氏による「米は日本人にとっての精神的土台」。というものです。それでもって、TPP加入による米価格の低下からの生産量減少に反対をしているのですが、少し納得のいかない部分があります。いや、稲作文化は日本文化の中心の一つであることは否定はしないのですが、食というものが世界的な経済活動に組み込まれている中で、文化というだけで稲作を継続する根拠は無いのかな、と思うのです。確かに米は精神的な土台かもしれないですが、農家の方たちはそれで生計をたてているわけなので、米で儲からないということが分かれば、農地を手放すわけです。

 

 米文化というのはある意味で特殊です。日本の文化といえば、他にも日本人の心、とか精神的基盤として語られるものは他にもたくさんあります。しかし、そういった着物や木の文化などは衰退の一途を辿っています。稲作文化だけは米の戸別所得保障や中山間地域直接支払制度といった形で補助金の投入や自由貿易の例外として保護することでその文化を守ってきました。その功もあってか、他の伝統的な日本文化に比べて稲作文化の文化衰退のスピードは幾分ゆるやかなのだと思います。

 

 ここで、記事の中でもう一言気になる発言がありました。 コメを育てるのに必要な地域住民の協力関係が、日本の文化とアイデンティティーを形作ってきた。 とあります。

 

 文化というのは日常の生活様式から生まれてくるものです。ここでいう地域住民の協力関係というのは実際問題、機能しなくなってきているところがかなり増えている、つまり日常の生活様式そのものが変わりつつあるのです。なのでそれに応じて文化も変化していくべきなのだと思います。

 一方で伝統的な文化として維持する側面も必要ですが、それには今までの経済活動に対する補助という考え方ではなく、別のアプローチが必要なように思うのです。