Whistle Life

食と農の話題を中心に、日々の雑感をつづります。

農業・農村の多面的機能

  農業とは,言うまでも無く,人間が生きていくために必要な食料を生産する産業です。そして日本には,その農業を主な産業としている“農村”というものが存在しています。農村においては,集落の高齢化が著しく,また後継者もいないため,農業の衰退が問題視されたりもしています。

 

 それに対して,そもそも過疎化した,いわゆる限界集落での農業を維持していく必要があるの?という意見もあります。というのは,限界集落のほとんどが山あいの集落,したがって農業といっても規模の拡大は望めないし,猪などによる農作物被害があったり,急峻で日陰だったりして条件も悪く,農業ビジネスとしては成り立たない。食料を自給するために農村での農業活動が必要だ!という意見もあるかもしれませんが,自給率に寄与する食料のほとんどは平地の田園地帯で生産されている,という事実もある。そんなこんなで無理して農村地帯で農業を続けようとしなくても,その集落で生活者の好きなようにさせたらええやん,という話になるわけです。

 

 国は,これに対して農業を単に食料を生産する機能でなく,それ以外の機能に着目し,農業の維持の必要性を訴えています。それが農業の多面的機能です。具体的に挙げれば、治水・防災の機能です。山に降った雨が一旦、水田にたまります。人が住む集落と山林の間にバッファーとしての田園が存在することで、洪水を防止したり、土砂崩れを防ぐことができるのです。

 あとよく言われるのが、水田がさまざまな生き物たちの住処となり、生態系の保存につながります。また、農村そのものが文化として捉えられ、農村の生活様式そのものが文化として継承されていくという側面もあります。

 

 農水省においては、これらの機能に経済的価値を見出しています。もし水田の代わりに治水機能としてダムを作ったら、という視点で評価額を算出しています。経済的価値の算出法そのものが、農地としての維持活動のコストを考慮していないなど批判もありますが、それを基に農村を農村として維持する活動に補助金が下りたりしているわけです。

 

 私が問題だと感じているのは、その農業の多面的機能は認めるとしても、その機能を農業生産の担い手、農地の管理者である農家にとってはどうでも良い話であるということです。農家にとってはそのような公益性よりも、そこで農業生産して採算がとれるかどうかということです。多くの山間部では兼業農家か年金暮らしで、極端な話、農業生産しなくても食べていける方も多いと考えられます。それやったら、たとえ防災機能があるとしても、ダム作るか限界集落から撤退するか、という話の方が現実的かつ持続的なのではないでしょうか。

 とはいえ、上でも述べたように農村には文化としての側面もあるのは事実です。公益的機能そのものをビジネスにして持続していくというのが、農村維持の方向性のひとつなのではないでしょうか。