三児の父はスキマ時間でカルチャーライフ

仕事も趣味も育児も妥協しない。週末菜園家が、三児の子どもたちを育てながら、家事と仕事のスキマ時間を創って、映画や農業で心豊かな生活を送るブログ

栽培植物と農耕の起源

栽培植物と農耕の起源 (岩波新書 青版 G-103)栽培植物と農耕の起源 (岩波新書 青版 G-103) (1966/01/25) 中尾 佐助 商品詳細を見る
 私たちが毎日食べている米や野菜。それら食物は、元々野生に生えている植物を栽培化されてきたものです。それらがどのように栽培化されてきたのかは、ただでさえ農業の現場に触れる機会の少ない私たちにとって想像しがたく、それゆえに興味の対象となります。

 本書はそんな知的好奇心を大いに満たしてくれました。

 

 まず、多種多様な食材が食卓に並べられる今日ですが、農業の基本的な系統は意外にも現在までに全世界に四系統しか存在しないと、本書で述べられています。その4系統はいずれも農耕が自然発生した起源ともいえ、東南アジアを発祥とする根菜農耕文化、中国南部の照葉樹林文化、アフリカやインドなどを起源とするサバンナ農耕文化、あとヨーロッパの地中海農耕文化です。

 

 この4系統を中心に、詳しく解説されていきます。野生植物から現在栽培されている植物にいたるまで途方も無い期間が空いています。農耕がはじまって1万年ともいいます。面白かったのは、一番最初に栽培が開始されたのは、バナナではないか、という説があるということです。

 

 

バナナの栽培化の最初の進歩は、たまたま雌花に雄花の花粉がつかなくても種無しの大きい果実のできる性質をもった変わり者を、野生の中から探し出したことから始まったと想像される。これを選んで掘り取って、植えたり保護したのが人類最初の農業だと考える人がいるわけである。

 

 

なるほど確かに、毒抜きが必要なイモや小さな粒を収穫する雑穀類などと違って、何の道具も使わず収穫・食することができるバナナなどの果実類が最初の栽培植物と考えるのは納得でした。

逆に、

 

人間が穀類を集めて食べるということは何でもない普通のことにように考えがちだが、これは実は人類史上の大発見である。

 

とも記載されており、冷静に考えれば火を利用しない他の動物は、穀類の栽培はおろか利用することもできないはずです。植物によって当然栽培しやすいしづらいがあるわけで、それを乗り越えて当然のように食糧生産している人類ってすごい!って思えました。

 

農耕文化というのは、当然地域環境に制約を受けるものです。そのなかで文化的な側面により栽培化される食物が決まることもあるようです。

 

ワラビはその近縁種も含めると全世界に分布するが、その根から澱粉をとるのは紅頭、シナ、日本だけである。

 

コメもコムギも作ることができる地帯ではコメが好まれる。

 

 このあたりは特に理由が述べられておらず興味深いところです。

 

 

 昨今、食のグローバル化などで文化の単一化などが叫ばれています。しかしこの本を通じて食文化というものはもう少しマイルドに影響を受けるのではないかと思いました。というのも、農耕文化はやはり地域の環境や文化に影響を受けるため、つくられる作物に制限が加わるからです。

 また、農耕文化とは文化であると同時に技術的な発展性を伴う文明であるとも考えています。ちょうど植物の栽培化と同時に文明が起こったように。例えば、単一植物の大規模栽培による農耕文化消失が危惧されていますが、農耕技術の発展によって解決していくのが前向きな考えなのではないかと思います。栽培化の歴史は、つまり自分たちが都合が良いように植物を改変してきたのですから。

 本書前書きにあるように、農業とは生きている文化なのです。