三児の父はスキマ時間でカルチャーライフ

仕事も趣味も育児も妥協しない。週末菜園家が、三児の子どもたちを育てながら、家事と仕事のスキマ時間を創って、映画や農業で心豊かな生活を送るブログ

アルキメデスの大戦 感想レビュー 日本大作映画と思ってみたら予想外の傑作でした

 

 

「人は期待が大きければ、大きいほど、失敗した時の絶望も大きい」

これは意訳ですが、本作の劇中で田中泯演じる平山中将の台詞です。

 

映画一般についても同じがことが言えると思います。

観た映画を面白いと思うかどうかは、観る前に、その映画をどの程度期待しているかによります。期待が大きければ大きいほど、そのハードルは上がります。

 

逆に、そこまで期待していなければ、予想外の面白さに出会うこともあります。アルキメデスの大戦はまさにそんな映画で、期待していなかった分、面白かったことが嬉しくて、観終わった後しばらくこの映画のことばかり考えていました。

 

世間的にも、本作は、期待と映画の出来にギャップがあると評価がされています。

実は、映画に対する評価同様、この映画には、大きな物語の構造から細部に至るまで、いろんながギャップがあって、そのギャップこそが、この映画を面白くしているのだと感じています。

 

あらすじ

 

アルキメデスの大戦は、三田紀房による同名漫画が原作です。

実在の人物がキャラクターとして登場しますが、物語の内容はフィクションになっています。

日本がアメリカとの本格戦争に入る前の話です。

日本海軍の山本五十六(館ひろし)が「これからの戦争は戦闘機が中心になる」として、海軍が進めている大型戦艦「大和」の建設を中止させ、「大和」建設計画の裏側にある不正を正すために、天才数学者の櫂直(菅田将暉)を雇い入れるところから話は始まります。

 

冒頭・ラストが素晴らしい

 

まず、言いたいのは、始まりと終わり良ければ全て良し! ということです。

とにかく冒頭とラストが素晴らしいのです、この映画は。

もっと正確にいえば、冒頭・ラストと、それらに挟まれた真ん中のお話とのギャップが素晴らしさを際立たせています。もちろん、真ん中のお話部分が、本作のメインストーリーであり、それは良くも悪くも、よくある大作映画のつくりになっています。主人公の櫂直が、戦艦「大和」の事業費用がいかに低く見積もられていくかを暴いていくのです。

そこを暴くため、数々のハードルを乗り越えていく王道の物語です。

 

一方、始まりと終わりはシリアスでアーティスティックな雰囲気もあり、かつ私たち視聴者にも突き付けられるようなテーマ性もあり、単なる王道の物語にグッと深みを増す内容になっています。特に、冒頭の戦艦沈没のシーンは、アクションとして迫力があり、攻めた表現もされていて、テーマ性だけでなく、物語の伏線もあり、今後鑑賞者を物語に惹きつける名シーンになっています。

 

まずは、戦争シーン。戦艦がアメリカ空軍の戦闘機に押されていく表現が秀一でした。

戦艦と戦闘機のドンパチそのものよりも、そこで闘っている日本兵の挙動に焦点が当たっており、臨場感がありました。兵士たちのうめき声のような叫びは悲痛なものを感じさせましたし、砲台の仲間がやらてしまうシーンには、思わず目を背けたくなるリアルな表現もあって、戦争のおぞましさを一瞬で体感できるつくりになっています。

 

また、日本兵に焦点が当たっていると言いましたが、戦艦が沈没していくというスケールの大きさも十分表現されていて、戦闘兵への眼差しと全体のスケールが両立されているという意味でも素晴らしかったです。

 

さらには、大和の砲台で撃墜したアメリカの戦闘機から、米兵が脱出し、他の飛行機に救出される一連の流れも描かれているのも、秀逸でした。

アメリカ兵は撃墜されても救出される余地があるのと反対に、戦艦にいる日本兵には退路がないことが示されており、より日本兵の絶望が深くなることが分かりやすく描かれているのです。

また、このことは、これからの戦争における飛行機での戦闘が重要さを増すという、後の山本五十六の言葉にとても説得力を持たせたものになっているのです。

 

そして何より、この戦艦「大和」が沈没するというシーンは、計画通り大和が建設されたということを示しています。先ほどあらすじで語った、大型戦艦「大和」の建設を中止しようと頑張ったのに報われなかったことが映画冒頭で示されることで、後に語られるストーリーがどのような展開されるかが気になってしまうのです。普通は、この手の大作映画では、主人公が最後、大和の建設を防ぐことが出来ました、めでたしめでたし、のはずです。それが冒頭に大和が沈没することで、どう話が転ぶか分からない面白さが生まれるのです。

 

まさにこの面白さの部分がラストのどんでん返しに繋がります。

主人公の出す結論に胸を痛めることになるのです。

 

冒頭のシーンだけで、ここまで語ることができるほど、作りこまれていると言えます。

冒頭にこの映画のテーマから何から全てが込められているとも言え、このシーンがこの映画全体の格を上げていると言えるのです。

 

足で稼ぐ天才数学者

 

ところが、物語が始まると途端に雰囲気が変わります。

特に菅田将暉さん演じる櫂が登場する場面から急にリアリティがなくなるのに正直違和感もありました。

 

櫂の最初のシーンはお茶屋さんでの芸者遊びに興じているところに、山本五十六が出くわすというシーンです。ここは正直、リアリティに欠けるところがある、その後の視聴が不安になるほどです。

菅田将暉さんのイメージや演じる数学者の役どころからしても芸者遊びに結びつかなかったのです。例えば、

事情があると言っても、大学生が大枚はたいて芸者遊びするかなぁ、とか

芸者の胸の大きさを測ったりと、いくら数学者でもそんな趣味はないでしょう、とか

芸者遊びでセンスを飛ばして的を当てる遊びも、その場で計算して、見事的中させる。というのがそこまで数学って万能なのか? とか

 

 

山本五十六も五十六で、敵が考えている戦艦の建造計画の事業費の見積もりの根拠を調べ、不正を暴くために、櫂を雇うのですが、流石にそれは数学者ではおカド違いなのではないか、と感じるのです。

 

実際雇われてからの櫂は、天才数学者でありながら、「足」で稼ぎます。

戦艦の大きさを肌身で感じるために、戦艦長門の寸法を巻尺ひとつで手作業で計り出すし、見積もり算出の部材費の資料をもらうために、民間造船会社の社長に頭を下げます。

その姿は数学者というよりデキる営業マンだと思うほどです。

 

漫画の設定とは言え、天才数学者という肩書きが持つイメージと実際の行動とのギャップが映画が鑑賞をする上でのノイズになっていたのは間違いありません。

 

ただ、天才数学者という設定でなければ菅田将暉のように若く、軍部の息がかかっていないキャラを引きずり込むという理屈が取れないと思うので仕方がないのかなとも思えます。

 

何より、お話の展開としては、天才数学者というノイズを差し引いても、半沢直樹的な逆転劇含めて極めて王道のストーリーで、楽しめる内容になっています。

 

半沢直樹的王道ストーリー

 

まずは、お約束の、時間やルールによる制約です。

絶対に期間内に見積もることは出来ないという制約が面白くしている上に、敵側の都合で締め切りが前倒しされるなどの絶対絶命の演出が、王道ですがハラハラさせますし、櫂の世話役にあてがわれた柄本祐演じる田中正二郎を通じて描かれる、軍部内の規律や厳格な上下関係も見どころです。

特に田中と櫂のはじめの上下関係という隔たりのある関係から、共通の目的に向けて相棒同士になっていく様は観ていて気持ちの良いものでした。

 

そして、ラストの対決である会議シーンはまさに半沢直樹的と言える逆転に次ぐ逆転で観る人を引き込むものになっています。

 

この映画が恐ろしいのはラスボス平山忠道の存在です。

敵側の造船責任者ですが、対決の会議シーンでは、初めから最後までほとんど台詞発しません。メガネをかけているので、はじめ気づかなかったのですが、田中泯さんが演じているんですよね。

 

田中泯さんの顔の迫力で、何か様子がおかしいと思っていると、「何が悪い」の一言でこれまでの会議シーンでの戦いの潮目が完全に変わります。ラスボスの登場です。これまでの王道路線の流れがここで一気に変化がつくのです。

 

そして会議シーン後のラストのラストには、さらに一歩踏み込んだ平山と櫂との会話が絵が描かれます。これまでの展開をひっくり返すような、櫂の気持ちの揺れを描いた名シーンになっていると思います。ここもやはり、平山の歴戦の軍人による説得力が重みをつけます。

もうここまでくると櫂がやっぱり子どもに思えてくる(実際大学中退)から不思議です。

子供が大人を厳しく諭すのです。

はじめに、櫂が出てくるとリアリティが下がって違和感と言いましたが、言い換えればリアリティの無さはいわば子供っぽいんですよね。この子どもっぽい作りの語り方とオープニングとラストの重厚さとのギャップが、より映画全体の深みが増すので、中盤の王道の作りはギャップを作るためのあえての演出とさえ思えてきます。

 

 

とにかく日本の戦争大作映画と思ってみると良い意味で裏切られますし、映画内にも散りばめられた数々のギャップがこの映画のミステリー性やテーマの厚みを生み出している、実は緻密に作られた作品になっています。

 

きっと三田紀房先生の原作漫画はもっと戦争ミステリーとして色んな発見がある作品だということがこの映画ひとつで想像できます。次は原作映画に挑んでみたいと思います。