育児も仕事も趣味も妥協しない。
本ブログのテーマです。
スキマ時間をつくって鑑賞した映画が、
昨年公開された日本映画「メランコリック」。
新鮮な驚きに満ちた傑作でした。
本作の設定は、殺人を扱うスリラーでありながら、観賞後に振り返ってみれば、むしろお仕事ムービーという変わった感覚の映画でした。
お医者さんや刑事もののドラマのように、殺人稼業を題材したお仕事ムービーなんです。
もっといえば、お仕事を通じて、社会における自分の役割みたいなところにテーマが落ちていく、現代の若者の興味にもマッチした作品になっていると感じました。
想像と違った味わいの本作は、良い意味でこちらの予想を裏切ってくれました。
観たのが昨年だったら、昨年のベストに入っていたかもしれません。
設定はスリラーだが
メランコリックは、東大卒のコミュ障なフリーターの主人公・鍋岡が、ひょんなことからある銭湯でバイトをはじめるところから始まります。
その銭湯は、昼間は銭湯、夜は殺人の死体処理場として使われていて、主人公はそれに巻き込まれていく、という話に展開します。
熱帯魚屋が裏で殺人を働いていた「冷たい熱帯魚」なんかも彷彿とさせます。
本作では、主人公が、銭湯の裏の姿に気づいてしまったことで、一般人がどんどんと闇世界の深みにハマって出られなくなる。
そんな不条理が描かれます。
でも、それ自体は、映画のテーマそのものではありません。
いや、映画を観進めていけば、不条理を描いているのかどうかも怪しくなります。
不条理に巻き込まれた時の主人公の意外な反応
それは、不条理に出会ったときの主人公の反応に見てとれます。
鍋岡は、バイト先の銭湯で、死体の処理を目撃したせいで、自分自身もその処理に関わることになります。
観客はここで、鍋岡は一度ハマった沼からもう出られない、そんな絶望が描かれるのだろうと想像します。
ですが、ここで意外な展開になります。
鍋岡は、オーナーの東から死体処理の対価(ボーナス)をもらって喜ぶのです。
さらには、「もっとあの仕事ないんですか?」と東さんにいい寄る始末です。
この時点で
「あれ? 普通の映画と雰囲気が違うぞ」
となるわけです。
スリラーだと思っていたものが、若干のコメディ感すらある展開に笑ってしまいます。
今まで仕事で評価されたことがなかった鍋岡。
死体処理とはいえ、自分の労働が評価されたことに対して、思いがけず喜んでしまう。
ここで東大卒でアルバイト生活をしているという主人公の設定が生きているんですよね。
その後も本作はお仕事ムービーの要素が加速していきます。
後輩の方が、仕事をどんどん任されて焦りを感じたり、重大プロジェクトに自分を巻き込んでもらえなかったりします。
私自身も、会社勤めなので、「わかるわかるよ、その気持ち」と思いながら、観ていました。
しかも、社外(銭湯外)でも、「起業して成功しました」みたいな人物が出てきて、ますます鍋岡は劣等感を感じてしまうわけです。
人に雇われるということ、チームで仕事するということ、仕事とプライベートの両立。
いろいろ考えさせられた挙句、果ては、仕事に対する責任と覚悟まで問われる話になります。この時点でもう、お仕事ムービーから一歩進んで人生論に孵化しています。
東大コミュ障の主人公・鍋岡やその同僚のバカっぽい松本。
彼らが映画の中で成長していく姿を観ていると、はじめは少し見下していた観客も、おのずと応援したくなる。自分自身のコンプレックスと重ね合わせてしまって、ついつい物思いにふけってしまいます。
怖いスリリングな映画を期待していたら、結果、まさか目頭を熱くすることになるとは思いませんでした。
キャラの立った無名な役者陣の演技もすばらしい
スリラーとお仕事ムービーの間でギャップの中で、役者たちもシリアスとコメディのバランスの取れた素晴らしい演技になっているのも、本作最大の魅力になっています。
本作は、ネットを観ていると「カメラを止めるな」と比較されることも多いようです。比較される理由は、メランコリックも低予算で作られているということで、役者陣も無名な人が多いからです。でも、無名であることを感じさせない、役者のキャラ立ちが絶妙なバランスで演じられていて、観ていてとても心地よいものになっていました。
どのキャラクターも個性が強くって印象に残っています。
主人公の鍋岡は、東大卒でコミュ障というのを、そのたたずまいで見事に表現されていました。
あの、冒頭の百合さんとの銭湯でのかけ合いなんて最高でしたよね。
今回の悪役、田中というヤクザもいい味を出していました。
口を開くだけで怖い! 顔が怖い! 佇まいが怖い!
というアウトレイジ的な怖さというよりは、もう少し粘着質な怖さでしょうか?
物腰は柔らかいけど、決して許してもらえない不条理さを見事に演じられていました。
銭湯のオーナーで、鍋岡の上司にあたる東さんも、物腰柔らかくて良いおじさん、面倒見はいいけど、ヤクザの田中には逆らえない中間管理職的立ち位置を演じきってくれていました。
人殺し稼業を部下にやらせるときの、普通のおじさんぶりとのギャップに萌えます。
本作の裏主人公・松本くん
そして、なんと言っても、本作の裏の主人公と言っても良いでしょう。松本くんです。
登場シーンこそいわゆるDQNな感じの金髪チャラ男で、何も考えてなさそうなキャラでしたが、シーンが進むにつれて、評価がどんどん高くなるキャラでした。
主人公との対比される人物として、ストーリー上も重要な位置づけでした。
それも、登場シーンでは、分からないところが、うまくできていると思います。
はじめの面接シーンで、あんなに後から化けるなんて思いません。でも、おうおうにして、大器晩成型の人材は、面接で見抜けないというのもありますよね。
高学歴だけど仕事への意識が希薄な鍋岡と、低学歴だけど手に職つけて責任感もある松本。
そんな相反する二人が最後ついにバディとなって、結束を深めていくから胸が熱くなります。
この、人物や物語設定からの、意外なテーマ性。これらを支える登場人物たちの魅力。シリアスともコメディともつかない独特の語り口。そのすべてが新鮮で、いつまででも語ることのできる作品になっています。
最後のみんなで打ち上げするシーンでは、主人公が語るのと同様、いつまでもこの瞬間が続けば良いのに、とさえ思ってしまいます。
自分もその場に混ぜてもらいたい。そんな親近感すら湧く映画になっているのです。
今までに観たことのない経験や、新鮮な感覚。
それがあるから、私は次々と映画を観て自分の感性を磨いていくわけです。
ここでまた素敵な映画と出会えてよかったと思っています。
仕事に対して、無気力になっているみなさん。
ぜひお勧めします。