三児の父はスキマ時間でカルチャーライフ

仕事も趣味も育児も妥協しない。週末菜園家が、三児の子どもたちを育てながら、家事と仕事のスキマ時間を創って、映画や農業で心豊かな生活を送るブログ

Apple TV映画映画レビュー「パーマー」 新しい常識の中で描かれる親子の絆

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昨年、iPhone12を買って以来、ずっと気になっていたApple TV+。

iPhone購入者は特典として1年間無料で視聴ができるのですが、3ヶ月間視聴せずに過ごしていました。他に観たい映画があったり、Netflixとも契約していたりしたので、なかなか観る時間がとれなかったのです。

 

しかしながら、ある日Appleから、新しく映画が配信開始されたことを知らせるメールをきっかけについに観ることになったのです。

ちょうどその時は、2回目の緊急事態宣言が発令されていて、めぼしい映画も公開されておらず、新作に飢えていました。

でも、それ以上に作品としての興味をそそられる作品でもありました。

それがAppleオリジナル映画「パーマー」でした。

 

 

 

パーマーは歌手で俳優でもあるジャスティン・ティンバーレイク主演の人間ドラマです。

 

監督:フィッシャー・スティーブンス

出演:ジャスティン・ティンバーレイク/ジュノー・テンプル/アリーシャ・ウェインライト

時間:1時間50分

R18+

 

私と相性の良い作品

 

ジャスティン・ティンバーレイク主演が売りなようですが、私自身はあまり知らないこともあって興味はなく、私が気になったのは、これが、父親と子どもの物語であったことです。

ジャスティンさんは、見かけからして私と同い年くらい、子役の少年も小学生低学年? くらいの年齢だからちょうど私の娘と同じくらい。

つまり、私と似た年齢設定の映画であったことから、これは私と相性が良いかもしれない。

そう思ったのでした。

 

予想は当たりました。私にドストライクな映画になっていました。

映画そのものもクオリティも高くて、月600円。私自身は先程の特典で無料で視聴できるので、無料でこんなクオリティを観れるなんて、さすがAppleだと言えます。

 

パーマーは、血のつながらない大人と子どもの絆、つまり疑似家族の話であったり、社会から除け者にされたものが居場所を見つけていく話であったり、題材時代はよくみるモチーフであるとも言えます。

 

しかし、本作では、今までに観たことのないこととして、社会の価値観における「新しい常識」が描かれている点が、興味深く感じました。

 

どういうことでしょうか?

 

 

クィアな登場人物たちだがそこはテーマではない

 

物語は、ドラッグ中毒の母親に育児放棄された少年サムについて、主人公パーマーの家で面倒を見ることになったところからはじまります。

 

本作の主人公はいずれも、変わった(クィアな)人物として描かれます。

 

主人公のパーマーは、昔に起こしたある犯罪で12年の刑期を終えて社会に戻ります。

就職も、その犯罪歴から苦労しますが、ようやく小学校の用務員の仕事につくことができました。つまり、社会にはじかれた存在として描かれます。

 

一方で、主人公と疑似家族を作る少年サムは、男の子でありながら、女子が好むアニメが好きで、女の子とティーパーティーごっこをして遊ぶようなキャラになっています。

 

サムのキャラ自体が今までにあまりない設定だと言えます。

 

これまでの映画であれば、LGBTQそのものが作品のテーマになってきました。

性的思考と社会との適応が描かれてきたのです。

 

ところが本作では、そこはあまり重要視されていないように思えます。

あくまで、社会に弾かれた親子の絆を描いています。

 

だから、性的マイノリティ自身は作品のテーマにはなっていないように感じました。

どんな社会境遇であれ、子を想う親の力は変わらない。

そんな普遍的なテーマを描いた作品だと思います。

 

 

多様なバックボーンを持つこと前提で物語を語る

 

現代において、そのマイノリティをことさらに取り立てて扱うこと自体が、時代にあっていない。多様な人間がいることを認め合う世界で生きている。

つまり、新しい常識の中で登場人物たちは生きている、そんな印象を受けたのです。

 

確かに少年サムは、劇中、男の子でありながら女の子趣味を持つことから、同級生やその親からいじめられたり、からかわれたりしています。

この社会において、マイノリティ自体の差別そのものが、なくなったわけではありません。

それでも、描かれ方としてはどうでしょう、昔の映画の方がもっと卑劣ないじめにあっていたかもしれません。

実際に、サムはからかわれたりしている一方で、別の女の子のエミリーとは仲良く暮らしていますし、そのエミリーの親もそれを良しとしています。

 

そして何より、学校の先生の多様性に関する寛容さに涙されます。

ハロウィーンのシーンでのサムへの配慮がぎゅっと詰まった対応は、思わずメモに取っておいてしまうほどでした。

 

そう、本作ではマイノリティに対する暖かい眼差しもしっかりと描かれているのです。

パーマーもはじめこそ、女の子のドレスの衣装を買いたいというサムに対して

「もっと男の子らしい衣装」にしろ、とはじめこそは言います。

いや、ここでふたつ返事で、その衣装を買ったらいいよ、と言える親は少ないはずです。

 

とはいえ、パーマーもだんだんとサムのあり方を認めていきます。

それは、きっとマイノリティへの配慮というよりも、単純に父親代わりとして、子どもの志向を尊重したのだと思います。そこには愛情があったのです。

 

新型コロナウイルスが日本で最初の患者が確認されてちょうど1年が経とうとしています。

当時マスクを着用していたのは、緊急事態宣言が出ていたからです。

でも、今となってはマスクというのは、1年中つけるものになっています。

それがスタンダードになっているのです。

 

それと同じように、映画の登場人物の中でも、そういったマイノリティが特段それ自身がテーマとなったりすることなく、一人のキャラクターとして描かれることがスタンダードになりつつあります。

 

先に紹介した「ブックスマート」も同じようなところがありました。

これまでなら、主人公になり得ないガリ勉キャラが主人公のキャラクターでした。

 

そう、これからはそんな類型化されたキャラクターというよりも、生身の生きた人間として、

さまざまなバックボーンを持つ人物像が描かれ、そして物語が語られていく。

そんな風に思いました。

 

その意味でバックボーンを体現するジャスティン・ティンバーレイクの演技は素晴らしかったと思います。

社会に対して敵対するかのように、他の人たちとなるべく距離をおこうとしてきたパーマー。

それが、最後にはサムと打ち解けて、サムとの距離が近くなっていくのが自然な演技で見せてくれました。

 

この自然な演技と、新しい常識の価値観の中で描かれるからこそ、ありきたりな設定でありながらも、普遍的な親子の愛の物語に触れることができたのだと思います。

 

Apple TV恐るべし。

映画「パーマー」は、そのクオリティに、次のApple TV公開作品もチェックしていくきっかけとなる作品となりました。

 

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