進化論の挑戦 (角川ソフィア文庫) (2003/01) 佐倉 統 商品詳細を見る |
まえがきにおいて筆者は、つぎのように述べています。
自然科学だけでは自分たちのことを知るのは不十分だ。小説の方が生物学よりはるかに雄弁に、人間の心理や感情や社会について語ってくれることがしばしばある。これは今まで自然科学が扱える範囲が狭かったからだ。従来の自然科学では<心>とか<人間>とか<生き物>といった複雑なシステムは、なかなか分析できなかった。
この本は、道徳やフェミニズムなど社会学や倫理学、哲学で扱っていたテーマに進化論を適用することで理解を得ることができるかを議論するものです。具体的にはどのように、進化論を適用するのだろうか?それは問いの立て方の変化になります。本書の中で具体的に例示されるのは人はなぜ道徳的でなければならないのか、という問いです。これはこのままでは倫理学の問題になります。この問いを、人はなぜ道徳的でなければならないと思うのか、という問いに設定することで倫理学から心理学の問いに変わります。さらに、人はなぜ道徳的でなければならないと思うようにできているのか、と問うことでそれは進化論つまり自然科学の分野で適応可能となるのです。
しかし、ヒトラー優生学に代表されるように進化論そのものが政策的に利用されてきた歴史を振り返りながら、進化論だけで問題は解決しないということが慎重に議論されています。ある特徴に関して遺伝的傾向があることと、それを社会的にどう扱うのかを別の問題としているのです。
さらに、倫理や社会に対して、進化論を適用してしまうことで、ここから私たちがどんな倫理規範や社会規範を形成しようとも、進化的な適応の結果となって、私たちの思索することの意味自体がゆらいでしまうのではないか、という不安になります。
一方でそのようなことを考えていると、結局は倫理学・社会学の問題として回帰していくのではないか、という疑問を持つことになりますが、進化論という自然科学を前提とした議論が可能になるという意味では多様な意見の反映をになるのではないか、とは思います。