Whistle Life

食と農の話題を中心に、日々の雑感をつづります。

Netflix 腹ペコフィルのグルメ旅 地域と食文化の魅力溢れるニューオーリンズ

今回の腹ペコフィルのグルメ旅は、アメリカルイジアナ州の街ニューオーリンズです。

 

このシリーズでは、ベトナム、タイ、イスラエルポルトガルが旅の舞台となってきました。当たり前かもしれませんが、日本から近いアジアでは、事前に食文化のイメージがありますが、そこから離れるほど、どんな食文化があるのか想像もつかない状態で番組を観ることになります。

そう言う意味では、今回のようなアメリカの都市については、その最たるもので、なんならアメリカでは食の文化が貧困なのではないかという偏見を持っているほどです。

 

今回のエピソードでは、そういった偏見が見直されることに。

地域や伝統、習わしというものが今回のキーワードとしてあるような気がします。

例えば、冒頭のユダヤ教の祭日の一つ、過越の祭。家庭でのホームパーティーのシーン。フランス・ポルトガル・スペイン・アメリカ・イタリア等の融合したクレオール料理の一つレッドビーンズ・ライス。

魚の詰め物の料理でユダヤ教安息日の定番ゲフィルテフィッシュ。番組では、詰め物が大きなマスに本当に詰められていて見た目のインパクトがすごくアレンジしたものが登場していました。

これも見た目のインパクトは凄いけど、年配には祖国を思い出すと言う伝統ある料理。

また、後半では70年以上、ガンボ(※)を作り続けてきたおばあちゃんも登場します。

ガンボはアメリカ合衆国南部メキシコ湾岸一帯に浸透している料理である。基本的には濃いスープストック、肉または甲殻類、とろみ成分、および「聖なる三位一体」と呼ばれる野菜(セロリピーマンタマネギ)で構成される。伝統的にガンボは、にかける形で供される。四旬節の際のガンボ・ザーブ (gumbo z'herbes) という緑色のガンボも存在する。

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これら全てが、ニューオリンズの伝統料理といえ、豊かな食文化があることが思い知らされました。

 

 

街の雰囲気も良いです。鉄細工の建物も魅力的。

そんな雰囲気のある街並みをパレードでたくさんの仮装した人が練り歩く、街全体が盛り上がっているのは街ゆく人たちは皆一様に楽しそう。

ジャズ音楽がその雰囲気がさらに掻き立てられます。

 

番組通じて、ハリケーンカトリーナからの復興が語られます。

復興は、マイナスをゼロにすることではない。以前よりもさらに前に進むことだと言います。その時に、過去当たり前であった地域や伝統文化を見つめ直すきっかけになる。

そして、きっとアメリカの街、一つ一つにそのような文化がある。

そんなことを考えさせられたエピソードでした。

 

Netflix 腹ペコフィルのグルメ旅 美食の国リスボン

腹ペコフィルのグルメ旅第4弾はポルトガルの都市リスボンです。

 

腹ペコフィルの魅力である映像美。(4Kカメラ3台起動)

今回の旅では、グルメ以上にリスボンの街の美しさが際立った内容となっていました。

 

美しいリスボンの街並み

場所によって絵柄が異なる石畳の街並み。

おしゃれな雑貨屋やパン屋が立ち並ぶ通り。

狭い路地を路面電車が行き交い、フィルは2人乗りのバイクで失踪。

夜、暖かい伝統に照らされた路地を一人歩く。

地中海を眺めるレストランで、海の音を聞きながらのレストラン。

レストランでの伝統的で叙情的な音楽の演奏。

その全てが街の魅力を引き立てる。果ては住んでみたいと思わせるほどです。

 

これまたフィルがこの街を颯爽と歩く姿は様になります。

コメディからフォーマル。

アジアの雑然とした市場からヨーロッパの整然とした街並みまで。

全方位的に対応できるフィルのタレントとしての立ち振る舞いは大人と感じます。

 

もちろんグルメも充実しています。

 リスボンの名物料理エッグタルトのパステル・デ・ナタ。フィルには珍しく何回も登場します。おそらくリスボン内でもいろんな味があるのでしょう。一口サイズのお菓子感覚で何個でもいけそう。

ポルトガル国民食タラのコロッケ。

魚の缶詰専門店。イワシ、サバ、タコ、イカ、タラ、アジなどなど。

缶詰製品とは思えない芸術さ。

インドのゴア出身の独学料理の店。創作意欲溢れる料理屋にやはりここでも芸術の匂い。

なんてたって、一口サイズの香辛料たっぷりのハンバーガー。聖なるバーガー。

シーフードのお店・ラミロでは、珍しいエビ。本当に美味しそう。

 

今回のフィルは、人との交流も素晴らしかったです。

途中で寄ったパステル・デ・ナタを食べるグループとの交流では、フィルのタレントとしての才能が爆発。初対面でこのトーク力はさすが、と思わせました。

また、終盤、リスボンに住む移民たちの交流では、ツッコミ役に回るとともにリスボンに集まる異文化交流を楽しました。

テルアビブでは文化の坩堝と言いましたが、リスボンではミックスと言うよりかは移民たちがそれぞれを認め合いながら、同居していると言うイメージ。

ホットドッグにジェラート、ピザ。何より楽しそうなのが印象的でした。

 

ヨーロッパでは他の都市に行きがちですが、一言では言い表せない奥深い魅力がリスボンにはありそうです。

《ムービーウォッチメン予習》アカデミー賞有力 スリービルボード 予想できない展開や人物描写にクラクラ

ムービーウォッチメンの予習編。

今回はアカデミー賞の有力候補にもなっているスリー・ビルボードということで、期待して観にいきました。

監督は、マーティン・マクドナー。過去作では「セブン・サイコパス」というものがあるようですが、未見です。

主役陣は、娘を殺され復習に燃えるミルドレッド役にフランシス・マクドーマンドさん

警察署長でミルドレッドの広告看板で名指しで批判されたウィロビー役のウディ・ハレルソンさん

差別主義でミルドレッドに敵対する警官のウィロビー役のサム・ロックウェルさん

 

本作のストーリーは、アメリカのミズーリの田舎町に3枚の看板が立てられるところから始まります。

1枚目は「娘はレイプされ殺された」

2枚目は「犯人はまだ捕まっていない」

3枚目は「どうしてなの?ウィルビー署長」

3枚の看板をきっかけに娘の母親ミルドレッドと警察の運命が動き始める。

 

 

結論から言いますと、すごく変な映画でした。

一言でジャンルを表すことが難しい映画です。表向きはクライム・サスペンスなんでしょうけど、そう単純ではありません。

予想できない展開や人物描写にクラクラする感じ。

ムービーウォッチメン宇多丸さんは先週の「羊の木」評の際に変な映画だと仰られていましたが、個人的には羊の木以上に変な映画だと思いました。

変だと思う理由は3つありますが、以下完全ネタバレでお届けします。

 

 

  • 1.展開が読めない。
  • 2.ギャグなのかシリアスなのか。
  • 3.良い人なのか悪い人なのか。

 

 

1.展開が読めない

上に書いたあらすじを見たとき、どんな映画を想像するでしょう?

警察の怠慢や不正を暴く社会派ドラマ?

復習に燃える母親の真犯人探し?

そのどちらでもありません。

どちらかと言うと登場人物たちの心理サスペンスに近いものがありますが、とにかく途中途中で

えっ!?

って言う出来事が予告なく起こるのです。

この話はどこに転がっていくのかと不安とワクワクです。

 

まずは看板で告発?されたウィロビー署長がミルドレッドに事情を説明しに行きます。

冒頭の雰囲気から、この映画は、ミルドレッド(被害者)とウィロビー(警察)の対決が描かれるのかと思っていると。

「実は事情があって、ガンなんだ。」とウィロビー。その場面を境に、今度はウィロビーの方に風が吹いてきて、どうやらミルドレッドは街で孤立し始めた。

なんて思っていると、そんなものもろともせず、神父に暴言吐いたり、体制側への対決姿勢。

やっぱり対決かと思うと、何とウィロビーの家族との幸せそうな交流のシーンが続き、そのままウィロビーが自死すると言うとんでもない展開に。

こんな感じで、〇〇かなぁって思っていると、びっくりするような展開が幾重にも重なります。

通常のサスペンスとは別の意味で続きが気になる構成となっています。

 

2.ギャグなのかシリアスなのか

本作はびっくりするような展開が何度も出てくるとお伝えしました。

それは基本的にはミルドレッドの暴力シーンです。なんかもうミルドレッドがカッコ良すぎて、やっていることは非常に暴力的でシリアスなのに、不思議とギャグに思えてくると言う。

極め付けはあの警察署に火炎瓶を投げつけるあのシーン。

流れているBGMも落ち着いたもので、署長からの手紙を読むディクソンで感動のシーンですらあるのに、あのおばちゃんが火炎瓶を投げつけると言う無茶苦茶ぶりにもはや狂気を感じるほどでした笑

 

3.良い人なのか悪い人なのか

これは先週の羊の木でもありました。

良い人かどうか。事実と演技と映画内における周囲の評価。それぞれに微妙にずれがあって、正直感情移入はしづらかったですが、このことが上でも述べた展開の読めなさと併せてサスペンス性を高めていました。

ミルドレッドは娘を殺された可哀想な人物とみることもできれば、完全に復習に取り憑かれたおばちゃんにも見える。

ウィロビー署長は、基本怠慢な警察署長だと私たちは初め思ったけど、家族思い、部下思いの優しいところもある。が、ミルドレッドには最後、ちょっとした復讐も行う。

ディクソンは、どうしようもないクズ警官ですが、最後自分なりの正義を全うしようとする。

それぞれに一面的に捉えることのできない人物像になっており、それがまた現実なんだろうな、と思わされました。

 

ラストシーンも、味わい深かったです。

最後、犯人とは違うレイプ魔を殺しに行くことで、ミルドレッドは自分の娘を殺された怒りを性犯罪一般にぶつける、ディクソンにとっては警官としての正義を貫く。そんな思いがあるのではないかと考えました。その中で自分の中でのけじめというか、一連の3枚の看板騒動を終わらせたかったんじゃないかと思います。

 

こうした終わり方も予想できないですよね。

あまり他に類を見ない作品なのは間違いないのでオススメです。

 

スリー・ビルボード

スリー・ビルボード

 

 

 

地域ならではの食が並ぶ縁日が魅力 千代保稲荷(岐阜県海津市)

この三連休は岐阜県海津市にある千代保稲荷に行ってきました。

京都の伏見稲荷、愛知の豊川稲荷と並んで日本三大稲荷とも言われ、地元ではおちょぼさんと親しまれています。

子供の頃から親に連れられ行ってますが、大人に行ってから行くと、立ち食いの串カツや川魚料理などおちょぼさんならではの魅力があって、賑わっている雰囲気が好きな人なら、絶対オススメのスポットです。

 

私が行ったのは月末ではないですが、三連休の中日ということもあり、なかなかの人でした。

ただ、毎月月末に翌朝にかけて、月越しのお祭りが行われていてすごい人で賑わうそう。

名古屋圏内の人にとっては有名なお祭りです。

 

おちょぼさん基礎情報

稲荷神社は、商売繁盛の御利益があると言います。

早速参拝。お供え物はお揚げです。神様の使いである狐への供え物なのでしょうか?賽銭を投げるかのようにお揚げを放り込みます。

1つ50円とリーズナブルです。

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神社自体はごくごく小さいです。

こんな小さな境内にたくさんの人がひしめいていました。月越し祭と被る大晦日には、身動きが取れないほどになるそう。

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稲荷らしい、鳥居が重なって配置されていました。

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 地域ならではの食が並ぶ縁日

おちょぼ稲荷の魅力といえば縁日です。といっても、たこ焼きやりんご飴のような屋台だけではなくて、ここならではの屋台が並びます。

草餅や川魚料理、串カツ、漬物屋さん。

食に関するお店が豊富です。

八百屋があるのも面白かったです。結構安い!

 

おちょぼさんといえば串カツ

中でもやはりおちょぼさんといえば、串カツでしょう。

おちょぼさんの串カツ屋さんは変わったシステムです。料金後払い制の立ち食いスタイル。

注文するのではなく、目の前で揚げたものをセルフでとります。

なので、食べ終わった串は自分の前に並べておき、精算時にはそれを勘定するのです…

メニューは串カツと味噌カツとどて煮。味噌カツは面白くて、串カツをどて煮の鍋の中に自分で突っ込んで食べます。

串カツのソースは二度付け禁止。ですが、付け合わせのキャベツですくって、追加でかけるという技もあるようです。

串カツは揚げたてなので、とても美味しかったです。さらに、昼間から狭い店に人が密集して立ち食い、という雰囲気も良かったですね。

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川魚料理も有名なようです。

なまずなども有名なようですが、今回はウナギを食べました。ウナギはもちろん美味しかったですが、モロコの甘露煮もどこか懐かしくて味わい深かったです。

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まだまだたくさんの魅力に溢れた縁日です。

遠方からも一見の価値ある神社だと思うので、東海観光におススメです!

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《漫画にみる食と農》今回も幅広いジャンルが描かれる美味しんぼ9巻レポート

美味しんぼ9巻レポートです。

今回もハンバーガーから佛跳牆まで、幅広い料理が描かれます。ちょっと粋なオチのある人情ものエピソードも多く、美味しんぼらしさが詰まった巻と言えます。

 

 日米味対決のエピソードでは、アメリカ人だからといって日本食の味が分からないことはない、それどころか日本人よりも味覚が優れているという

肩書きや見た目で料理の腕を判断するのでなく、本質をみる、というのは美味しんぼでは繰り返し描かれているテーマのように感じます。

ストーリーの展開は今回もありませんでした。

 

ハンバーガーの要素

海原雄山回。最後にピクルスをプレゼントをする粋な心意気が好き。

 

食べない理由

奥様の病気療養中は外で美味しいもの食べない,というオチが好き。

修行中の僧侶も匂いを嗅げば塀を超えて飛んでくる。高級食材の坩堝のような中国料理。

 

再開の丼

じっくり煮込んだスジ肉で落語の師弟関係解消。流石に食べ物であっさり解決しすぎなような気も。

 

黒い刺身

食のミステリー系。かわはぎの肝は黒くて、新鮮なものは生で食べられる。

 

5年目のパスタ

問題の解決をパスタ勝負というのが、漫画的だが、男らしい決着のつけ方。

 

日米味決戦

化学調味料批判。

日本とアメリカの味覚対決というのは、度々出てくるモチーフ

 

最高の肉

肉は落としてから1週間から10日間が熟成される。タンパク質が分解されてイノシン酸というアミノ酸に。

 

新妻の手料理

料理学校で学んだ豪勢で手のこんだ料理よりも、家庭料理、お袋の味の方が、毎日食べられる。

人は食べなれたものの方が美味しいと感じ、幼少期に形成される。

旅行行って和食が恋しくなるのと同じですね。

 

 

 

Netflix 腹ペコフィルのグルメ旅 食の坩堝イスラエル

腹ペコフィルのグルメ旅。

第3回はイスラエルの都市テルアビブです。

バンコクサイゴンとアジアの二都市が続いたので、少し都市の雰囲気が変わります。

やはり中東の国というところで、砂漠っぽい雰囲気がありました。

 

食文化の坩堝 イスラエル

イスラエルといえば、やはりパレスチナ問題から想像されるように、宗教対立のイメージがあります。キリスト教ユダヤ教イスラム教の聖地エルサレム

宗教は分断されていたとしても、食文化だけは、全てを受け入れ、融合し新たな食文化を作る。そんな食の懐の深さを、今回の腹ペコフィルでは、見せてもらえたような気がしました。

というのも、イスラエル料理といってもあまり正直ピンとこないところですが、登場する料理全てが、近隣諸外国の影響を受けていると説明されるのがほとんどだったのです。純粋なイスラエル料理はせず、多様な文化が詰まっているのです。

 

例えば、以下の通りでどれも本当に美味しそう。

映像で見る感じ、日本でも十分通用しそうだと思った。

シャクシュカ 香辛料入りのトマトソースに卵を落とした料理、元々はリビアの料理

シャワルマ  ラム肉のクラブサンドも美味しそう。

ビーフ 揚げたナスのサンドイッチはイラクの料理。

フムス 中東全域の料理、フールはエジプト、固茹で卵はユダヤの特色、イエメン由来の食材も。まさに食材の坩堝のような食べ物。

 

政治の話もフィル流で軽快に

なんとなく、やはりこの国では政治情勢の話は禁句の雰囲気。

しかしながら、イスラエルにある400を超えるビーガンレストラン。

ビーガンになれば政治以外の話をできるとのことです。

こんな食の多様性こそが平和への希望であるような気さえします。

それをさらりと示唆してくれるのが腹ペコフィル流です。 

 

やや重苦しいことを書きましたが、そこはフィル。実際の番組では、いつものように軽快に、どんどんと料理が出てきます。そのテンポは良く、ドキュメンタリーですが飽きることなく楽しめました。

それだけ紹介すべき料理が多いということですかね。

 

今回はユダヤ人の気質をネタにすることが多かったです。

自分自身が、ユダヤ人であるからでしょうか。いつも以上にフィルも饒舌でしたし。

 

農業の話題も結構出ます

 またイスラエルは、都市と砂漠のイメージがありますが、農業の話も結構出てきました。みずみずしいイメージの野菜料理もたくさん登場しました。

 

 

ミハル・アンスキー スローフード運動の立役者 パレスチナの農業から学んだとのこと。

カリフォルニアのような気候風土の聖地ガリラヤで営まれる有機農場。

繰り返しになりますが、本当に食の坩堝になっているんだろうなと。

 

今までのエピソードで一番言ってみたい都市になったかもです。

 

 

 

京野菜存亡の危機、救ったのは若手料理人たちの熱い思いでした

前回は,京野菜の魅力をつくったさまざまな歴史や理由について,みてきました。
そこには京都の気候・風土・文化,都市と農家の交流,京料理の発展に裏打ちされた確かな品質がみてとれました。

しかしながら,そんな京野菜も実は一度存亡の危機を迎えていたことはご存知でしょうか?
今日における京野菜ブームの裏には,危機に瀕していた京野菜を復活させようと働いた京都の料理人や農家たちの努力があったのです。
今回は,高品質な京野菜はなぜ存亡の危機を向かえ,それをどう乗り越えて いったのか,紹介していきたいと思います。

 

大きく変化する流通構造

時代は第二次世界大戦終戦後にまで遡ります。


戦後,科学技術の発達により,世界的に野菜の品種改良が行われます。
病気に強い,たくさん収穫できる,ほかの品種があまり出荷されない時期に収 穫できる。農家にとっては魅力的な品質を持った野菜が登場します
 
さらに,高度経済成長期に入ると大量消費の時代に入ります。 人口増加の中で地元でのみ生産,消費されてきた野菜が,日本全国から求められるようになったのです。
従って野菜には、高い輸送性や統一の規格品が求められるように。そんな時代の変化の中で,京野菜は大量生産、大量消費の流れについていくことが出来なくなってしまいました。

たとえば山科なす。元々京都で作られているなすといえば山科なすだったといいます。その皮や肉質の柔らかさが特徴ですが,その特徴が輸送時の傷つきやす く,後から出てきた,多収穫で日持ちの良い改良品種・現在スーパーで見かけるあの千両なすに置き換わっていったのです。

 

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賀茂なす、山科なす、もぎなす京都だけでも三種類ある伝統野菜

そのうち山科なすともぎナスは栽培件数10件を下回ります。

 

危機を救ったのは若手の料理人たち

 

こういった危機的状況を救ったのは,伝統ある若手料理人のあつまり,京料理芽生会の活躍があります。


大量生産の時代にあって,同一規格で美味しくない野菜が流通する中で,本物の京野菜はどこにいった!?という問題提起から,京の伝統野菜を復活させようという熱い運動がはじまります。

芽生会は市内の伝統野菜を生産する若手篤農家に呼びかけ、自分たちが料理で使うから伝統野菜を作ってくれ!という契約栽培のような取組を行います。

さらに、料理教室やシンポジウムを通じて、広く市民に伝統野菜の大切さを呼びかけます。
それを後追いするかのように行政も動きます。昭和63年に京の伝統野菜を明確に定義付け、ブランド化の取り組みを進め、全国展開を始めたのです。
このあたりの運動が京の伝統野菜が今日も存続し、全国展開したきっかけとなったといえま す。
ちょうど昭和 60年代頃の話になります。


伝統文化に裏打ちされた確かな品質の野菜が存在したこと
時代の流れで取り残されつつあった野菜が,若手料理人や生産者たちの努力に よりその価値が再発見されるようになったこと。

これらのことが、いまの京野菜のブランドにつながっていると言っても過言ではありません。

一度途絶えしまうと復活させることの出来ない伝統野菜のタネ。大切にしていきたいですね。