趣味も育児も仕事も妥協しない。
このブログのテーマです。
今回紹介する映画「82年生まれ、キム・ジヨン」を観た後、私はこのテーマに対する自信を失ってしまいました。
本作は、現代社会での女性の生きづらさを描くとともに、男性の女性の社会参画への至らなさが冷ややかだけど、痛烈に描いています。
そして私は84年生まれ。
本作の主人公・キム・ジヨンと同様、まさに子育て世代真っ盛りの私に、その現実を突きつけてきたのです。
本作では、82年生まれのキム・ジヨンが生まれてからこれまでの様々なエピソードを通じて、女性であるがゆえに、男性優位の社会の中でいかに苦しんできたかが、描かれます。
痴漢、家族、キャリア、嫁姑、育児。
人生の様々なフェーズでキム・ジヨンは違和感の中で生きてきます。
おそらく同年代の女性にとっては、あるあるの連続なのではないでしょうか?
しかし私にとって、身につまされたのは、彼女の夫の描かれ方でした。
先に言えば、私はいわゆるイクメンだなんて言える立場ではありません。
子ども三人いますが、育休は全くとったことがありませんし、仕事が忙しくて平日はほとんど妻任せです。
それでも子供のことは好きで、こうして育児をテーマにしたブログも書いてますし、できる範囲で家事・育児もやってきたつもりでした。
でも、やっぱりこの映画を見ると、本作で描かれるキム・ジヨンの夫と同じく、何もわかっていないと思ってしまいました。
本作は、イクメンと言われている人ほど観てほしい映画だと思っています。
女性の生きづらさとともに、本作で描かれる男性から女性への無理解。
そのウェイトは意地悪なほど大きい。
男性の無理解を表すシーンひとつひとつが、同じ妻子を持つ男性としていちいち身につまされます。
心の奥底にしまっていた女性への無理解や軽蔑が炙り出され、
決してこれまで口にされなかった、深層心理が引っ張り出されて映画を媒体にして晒される感覚。
男性にとっては、そんな居心地の悪さを感じる映画になっているのではないでしょうか?
本作のそんな意地悪な目線は、夫のキャラ造形にあります。
主人公キム・ジヨンの夫デヒュンは、温厚で優しくて家族想いなキャラとして描かれます。
はたから見れば良き夫と思われているかもしれません。
子どもとも楽しそうに遊ぶし、イクメンを絵に描いたような人物です。
この映画が意地悪なのは、そのイクメンであるかのような彼のキャラが実は、妻の気持ちを何も分かっていないということを描いていることです。
一見すると妻想いの彼が、子育てする妻、キャリアを諦めた妻、夫の家族に入るという苦しみ、女性であるがゆえの数々の苦しみに対して、根本的なところで理解できていないのです。
たとえばまだ、冒頭嫁姑のシーン。
これは、新婚夫婦の誰もが経験するジレンマだと思います。
正月、妻が夫の家にいく。
妻は、姑に休んでくれていいよ、と言われながらも、気を遣って家事を手つだいます。
そうこうしていると義理の妹夫婦も登場してますますアウェイに。
結局お正月なのに全く休まらないという地獄です。
夫もそれが分かっているから、
「今度のお正月は実家帰るの辞めて旅行でも行こう。」
なんて言います。
「お正月に帰らないことで怒られるのは私だよ?」
妻はそれに激怒します。
夫、そして観客である私は急に胸を突かれた感覚になります。
何も分かっていなかったことがわからされます。
そうです、実家に帰らないことで怒られるのは嫁なのです。
一見、妻のことを想って企画する旅行。
それは本当に妻のためにはなっていないのです。
もっと言えば、夫にとっても嫁姑の確執はストレスになります。
つまり、正月の旅行は、夫にとってのストレス解消にしかなっていなかったのです。
それだけではありません。
キム・ジヨンは今は専業主婦。
本当は仕事でバリバリ働く女性上司に憧れ、働きたいと思っていました。
育児のせいで泣く泣く主婦となることを余儀なくされていたのです。
でも、上司や仲間のお誘いで、ようやく新たなキャリアを掴むチャンスが舞い込んできました。
しかし夫は、そんな妻にこう言います。
「そんなに頑張らなくても少し休んだ方が良いよ」
妻はこう切り返します。
「育児を休むことだと思っているの?」
一応、本作の設定として、妻に時々別の人格が乗り移る症状が設定されています。
夫は、その精神障害が社会復帰の障壁になると思って止めているのです。
でも、夫はそれが育児のストレスによるものだということが分かっていないし、さらに悪いことに、育休を休むことだと思っています。
その後の展開で、なんとか復帰することが決まりかけた時ですら、彼はこう言います。
「私も育児休暇を取るよ。読書だってできるしね。」
育休取れば、ゆっくり読書ができるなんていうナメた発言があります。
こういう心の奥底に眠る無理解が不意に顔を出すのがこの映画です。
しかもそれは、悪意がないのが逆に恐ろしくもあります。
女性に対する価値観が、インクのように社会に染み込まれていることがわかります。
一度染み付いたインクは拭いても拭いてもなかなか拭い去ることはできません。
こびりついたシミは取り除くのが難しい。
そんな無理ゲーのような社会状況を非常にクールに描いているのが本作です。
本作には、ドラマというドラマがなく、わりと淡々と物語が進みます。
だからこそ、逆に見えない社会の現実が際立っている作品になっています。
子育て、女性の社会参画。そんなテーマの作品は数あれど、今までに味わったことのない質感の映画になっていると思います。
自分のことをイクメンと思っている男性諸氏にこそ観てほしい一作になっています。