本投稿では決定的なネタバレは避けていますが、ストーリーに触れていますのでご注意ください
あぁ私はきっと、この監督の新作が出る度に映画館に足を運ぶことになるだろうな。
そしてその度に、生涯記憶に残るトラウマシーンを積み上げていくことになるんだろうな。
私がミッドサマーを観た直後の感想でした。
アリ・アスター監督の前作「ヘレディタリー/継承」は強烈な印象を残していました。
本作も、フェスティバルホラーと銘打たれた本作の予告からしてすでに、タダごとでない雰囲気が出ています。前作ですでに築いていたブランドもあいまって、ミッドサマーがやばそうな作品だということは事前に予測できたのです。
実際に観た結果、ミッドサマーは「ヘレディタリー/継承」の正統進化だと感じました。
ヘレディタリーを特徴づけるのは、トラウマシーン、家庭関係のギクシャク、そして開いた口が塞がらないラストの展開です。
ミッドサマーではその全てが描かれています。
前作はもう少し、ホラーというジャンルの枠組みに忠実でしたが、今回はホラーを超えています。描かれていることの骨組みは前作と同じですが、その骨一つ一つは、より鋭くとがっていて、我々観客に突き刺さってくるのです。
冒頭の電話シーンが人間関係の説明であり極上のサスペンス
物語は、主人公のダニーが三人の人に電話するシーンからはじまります。
この冒頭シーンが秀逸なんです。この三人への電話は、登場人物の人間関係の説明になっていながら、ホラー特有の緊張感もあるのです。観ているあいだ、ずっと悪い予感しかしない、張りつめた緊張感です。
まずは、ダニーからお父さん、お母さんへの電話。このシーン、本当に薄暗くて何がうつっているのかほとんど分からないほどです。予告の雰囲気から「明るいホラー」なんて言われる本作ですが、実は冒頭は暗いシーンが続きます。なにがうつっているのか、分からないのはほとんど意図的なのでしょう。後から分かるショッキングな事実を分かった上で、このシーンを思い出すと背筋が凍ります。
次はダニーから、恋人クリスチャンへの電話。
ダニーがクリスチャンに、妹との連絡がつかないことに対して不安な思いをぶつけるも、ほとんど取り合ってくれません。ここでは、恋人との噛み合わない会話が描かれるのです。ここも会話だけで二人の微妙な距離感を描き出す名シーンになっています。
最後はダニーから友人への電話。
ここは先ほどのクリスチャンへの電話への解き明かしの電話になっています。
クリスチャンに対して頼りたいけど、頼りすぎると面倒臭い、重い女性と思われるのではないか。そんな板挟みな感情をダニーが抱いていることが分かります。
この電話シーンは、いずれ劣らず良いシーンで、ここでの人間関係紹介が最後の最後まで重要になってきます。ラスト、ダニーの笑顔の理由になっているともいえます。
そして冒頭シーンのラスト、これまでの張り詰めた緊張感が一気に解き放たれるかのように、一家心中のシーンが描かれます。ものすごく悲惨なシーンなのに、ある意味サスペンス状態から解放される感覚もあるので、不思議です。もう緊張しなくて済むんだ、という感覚です。それくらい、電話のシーンの緊張感があったということでしょう。
それ以降も、主人公ダニーとクリスチャンとのすれ違いが続きます。クリスチャンはダニーに内緒で民俗学(?)専攻の大学仲間と一緒に、スウェーデンの特別なお祭り、夏至祭に行く計画を立てていたのです。結局、ダニーも一緒に夏至祭が行われる村に行く事になったのです。
ほとんど日の沈まない土地で9日間に渡って行われる夏至祭。そこでこれ以上ないくらい酷い目にあわされるというのが本作のメインストーリーになります。
わかりあえない文化が劇薬になる
おそらく、本作を観た後は、「他者の文化を受け入れる」なんて、おいそれと言えないでしょう。
本作で描かれる祭は、ほとんどフィクションなのでしょうが、それでも私たちの常識とはまるで違う民族風習はおそらく、全世界のいたるところに存在します。みんな違って、みんないい、なんて言ったりもしますが、本当に分かり合えないこともあるでしょう。
もちろん、自分とは違う風習、環境のコミュニティが自分の幸せにつながることもあります。
それがこの映画ではそれが描かれます。
本作は、主人公ダニーにとってのトラウマ、不安を解消するセラピーの物語となっているのです。
あれ? このお話は、主人公が、知らない土地のお祭りに行って、いろいろ酷い目にあうホラーじゃな買ったけ?
それはそうなんです。酷い目にあうのはあうのですが、その先に幸福が待っているんですね。まさにラストの開いた口が塞がらない展開が待っているのです。これは前作「ヘレディタリー」でも描かれたことです。
ゾンビからどうやって逃げよう。ジェイソンはどうやったら倒せるか。
いつものホラーであれば、酷い目にあったら逃げるなり、闘うなりします。そして、主人公がいかに最悪の状況から脱出するかが描かれるのです。本作ではそうではなく、酷い目にあい続けて、結果として、すっきり晴れ晴れすがすがしい高揚感でもって締め括られるのですね。なんとも表現し難いカタルシスです。
この辺りは、他のホラーでは絶対に見られない「アリ・アスター」監督らしさ、になっていると思います。
先鋭化されたトラウマシーン 「崖」と「SEX」
アリ ・アスター監督らしさといえば、トラウマになるようなショッキング描写のうまさも挙げられます。前作ヘレディタリーでも、観た人誰もが語るであろう胸糞なシーンがありました。おそらく映画史に残るトラウマになるでしょう。
ミッドサマーでもそのセンスはいかんなく発揮されています。 トラウマ度で言えば前作に劣るかもしれませんが、よりアーティスティックに、よりバラエティに富んだシーン展開になっていると思います。
まずは、夏至祭と村の人たち、そのものがもはやトラウマです。
一見爽やかでニコニコなんだけど、どこかでず一つと嫌な気分が続きます。あのニコニコ笑顔と白い衣装の異質さが原因かなって思ってます。また今回、音楽も、嫌な雰囲気を出すのに、効果的に使われていたと思います。
よくあるホラーでかかってる音楽は一切使われてません。劇中、夏至祭で奏でられる音楽がそのまま映画の BGMになっているというのが面白いです。
村の人たちがかもし出す嫌な気分が、最高潮になり、やっぱりあいつらおかしかったと判明するのが「崖」のシーンです。
ここは本作における明るいホラーの真骨頂といえます。
あのシーンは本当に、途中から悪い予感しかしなかったです。もう村人がハンマー持っている時点でおかしいわけですよ。それで、事が起こった後は、もう見るに堪えません。
これもまた、絶妙なグロ描写になっています。
さんさんと輝く太陽の下で、はっきりとグロが見せ られるのです。
それはもう、体ってこんな風になるんだって感心するほどです。 グロの時間的には、短いのですが、はっきり見せられるので、吐き気をもよおすわけです。
そしてよりアーティスティ ックな領域に入ったトラウマシーンは、「SEX」のシーンです。
ここも観た人のだれもが、印象に残る場面になっていると思われます。
むしろここはギャグの要素が入っているとも言えます。 あんなシチュエーションで行う性行為は絶対に嫌だって感じです。
注目ポイントは、喘ぎ声です。喘ぎ声の合唱が本当になんとも言えない。施設の外からその
喘ぎ声の合唱が漏れ聞こえるシーンなんてほとんどギャグでした。
あとは、登場人物がある畜舎で処刑されるシーンも 挙げられます。
くわしくは語りませんが、今回奇祭をベースにしている分、ホラーシーンの描写のアイデアが豊富に詰め込まれているのが見ごたえになっていると思います。
人間関係の積み重ねがカタルシスを生む
ホラーシーンだけでなく、本作ではちょっとした人間関係のギクシャクも絶妙に描かれているので、こうした人間ドラマを描くのも監督うまいんだなって感じさせます。
主人公ダニーとクリスチャンのすれ違い具合がうまいんです。たとえば誕生日を祝うシーン。 もう一日遅れな時点でやらかしているし、ライターで火がうまくつけないのも痛々しい。 心が離れているのに 、外側だけ取り繕ってもうまくいかないことが表現されています。
村の風習の取材中も、友人らの行方を心配するダニーを適当にあしらう感じが本当 、ダメ男だな一つて。
でも このダメ男描写の積み重ねが、ラストの思わぬカタルシスにつなが っているんだと思
うと本当に よくできていると思います。
ちょっと欲を言えば、映画の中盤くらい、クリスチャンやジョシュが取材するシーンで村の風習の仕組みに勘づいてしまったので、ラストはヘレディタリーほどあっけに取られはしなかったです。
もう少 し慣習自体をツイストするか、村の慣習が分からないように 工夫できたら最高だったと思いました。
しかしながら、欲を言えばの範囲です。
トラウマシーン、人間関係のギクシャク、思わぬカタルシス、そのすべてがヘレディタリー から継承、進化させている という点でやっぱり今年外せない一本になっていると思います。
本作ディテールについても見どころがたくさん詰まっているのですが、HPで観賞後の人向けのページが公開されているので是非チェックしてみてください。