映画を紹介するとき、
「この映画は傑作です。」
または、
「この映画は駄作でした。」
なんて、傑作や駄作なんて言って評価したりします。
あるいは、映画.com や filmmarksといった映画レビューサイトで星をいくつつけるか、といった方法で映画を評価します。
しかしながら、こういう評価方法には必ずしも、当てはまらない作品があります。
今回紹介する「旅のおわり世界のはじまり」はまさにそんな作品。
本作は、万人におすすめです。絶対観てください! と強く訴えられる作品ではないし、
かといって駄作でもありません。
自分だけの心に留めておきたい、特別な映画だったのです。
そもそも映画において、誰が観ても絶対面白い、はありえません。
もっと言うなら、私が観た作品であっても、それをいつ、どんな環境で観るかで感じ方は変わります。今日観た時と1年後、10年後に観る時では、印象が変わるかもしれないのです。
観る人の置かれた環境によって、その映画の感じ方が変わるのです。
本作品が私にとって特別なものになった理由は、職場の後輩の退職でした。
彼女の退職話を聞いたのは昨年の秋頃だったと思います。
驚き半分、やはりそうかと言う思いも半分でした。
それまでの彼女の仕事ぶりを振り返ると、今の仕事を全く楽しんでいないわけではない、むしろ責任感を持って取り組んでいました。
ただ、どこか自分の仕事や職場を客観視する眼差しを感じていました。
なるほど、その原因は退職にあったわけです。
彼女は退職して、春からは新しい仕事につきます。
彼女にはまだ迷いもあるように思いました。
彼女と外回りをしている時に、これからの人生をどうしたら良いか、悩みも聞きました。
ああだこうだ、と答えの無い悩みです。
そう、人生の悩みに答えはありません。
この映画「旅のおわり世界のはじまり」の主人公、前田敦子演じる葉子もそうでした。
本作では、番組レポーターである葉子と他の番組クルーが、ウズベキスタンでいろんな体験をレポートする旅番組を収録する過程を描きます。
その描き方は、ほとんどドキュメンタリー的と言って良いです。
むしろ、前田敦子のドキュメンタリー映画なのではないかと錯覚するくらいに、前田敦子にクローズアップした撮り方になっています。
染谷将太や加瀬亮など脇を固める役者陣も存在感を出していますが、それも前田敦子を立たせるため、と言い切っていいと思います。
番組レポーターである葉子は、ウズベキスタンでの体当たり旅レポートをこなすうちに、ミュージカル歌手になりたいと言う本来の望みを見失っていきます。
映画序盤は、この旅レポートの無理難題に、前田敦子が挑戦する姿が、淡々と描かれていきます。
湖の怪魚レポート
生米食レポート
怪しい遊園地のアトラクションレポート
すごいことにチャレンジしているのに、あまりに淡々としているので、葉子が不憫になってきます。特に最後のアトラクションレポートは徹底的に突き放したカメラワークで、本当にかわいそうになってきます。
その全てを全うする前田敦子。自分の気持ちの反面、仕事を成功させたいと言う気持ちが伝わるシーンの連続でした。本当の気持ちと実際の番組製作のギャップに、葉子は疲弊します。
この一連の撮影で気になったのは、番組クルー全体の熱の低さです。
普段、テレビで見慣れた、バカ騒ぎなバラエティー制作の裏側を見せられた気分です。
あのバカ騒ぎを撮影している姿を、こんなにも冷めた目線で見せられるのは興味深かったです。
外から観た目線というのが、この映画に度々出てくるモチーフのように感じました。
ウズベキスタン人から見た日本人女性というのが特にそうです。
怪魚レポートの女性は乗るな。
少女に、あんなアトラクション乗らせるんじゃない。
日本人女性を見る好奇な眼差し。
そんな文化の違いも、葉子を疲弊させていきます。
つながっているのは、東京の彼氏だけ。
ミュージカル歌手になりたいという望みも見失っていくのです。
やりたくもない仕事を続ける。
本当の望みはなんだったのか?
これは、我々の日常生活にも、よくある感情です。
そのことが、異国の地ウズベキスタンでくっきりとあぶり出されているかのように感じました。
旅は、私たちの感情を異国の地の人を通じて、見つめ直す機会になるのです。
もし、本作が並の映画であれば、ここから葉子の成長物語になるでしょう。
ミュージカル女優としてオーディションに合格し、彼女の人生が動き出すのをはっきりと見せるかもしれません。
しかし、本作では明確な成長は描かれません。
あくまで、最後まで、葉子の異国の地でのエピソードが淡々と語られるのみです。
葉子の迷いは、完全には解消されないのです。
考えてみれば、現実ってそんなものです。
自分探しの旅という言葉があります。
旅をすれば、答えが見つかるわけではありません。
このことについて、本作は現実的で誠実といえます。
物語をシンデレラストーリーではなく、あくまでドキュメンタリータッチなのです。
でも、物語の最後。
大きな飛躍が描かれます。ここでは、語りませんが、ラストシーンで、自然と涙が溢れるカタルシスが訪れます。
そこまで、淡々と描かれた分、より大きな感動を受けました。
旅は答えを与えてはくれません。
旅は、世界を見せてくれるのです。世界の中の自分を見つけてくれるのです。
広い世界にたたずむ、葉子の姿が、そのことを教えてくれたのです。
旅のおわり世界のはじまり。
本作のタイトルは、このことを端的にあらわす名タイトルです。
本作が私に、特別な映画となったのは、退職する後輩が、葉子の境遇に重なってみえたからです。
今の仕事の旅を終えた彼女には世界がみえているはずです。
ブルーレイが発売されたのは、今年の三月。
くしくも、彼女の退職のタイミングと重なったことは、より感情移入した一因となったのです。
この出会いと別れの季節であるこの時期に本作に巡り合えたことに特別な何かを感じられずにはいられませんでした。
そして、次は私自身の旅に出る番だと感じたのです。