ティーンエイジャー向けの胸キュン青春恋愛映画のはずなのに、どうしてこんなに涙がこぼれそうになるんだろう?
映画「殺さない彼と死なない彼女」は、マグネットのような映画でした。ふたつの磁石くっつけようとすると、どうしても反発するけどちょっと裏返れば、ガッチリとくっつくあの感じです。
人は見かけによらない。
有史以来幾度となく、繰り返し口にされてきた言葉そのものを体現した映画だとも言えるかもしれません。
映画は見かけによらないのです。
本作の「見かけ」はまぎれもなく、キラキラ青春ムービーです。
壁ドンが得意そうな「彼」が地味で陰キャな「彼女」とくっつく映画です。
開始30分で、不安とぶつかります。
これ以降の1時間30分に耐え切れるだろうか。
キザなセリフ。自分語り。あわーい光の映像。キラキラとした世界。
SFやスリラーやサスペンスが好みな私とは趣味趣向が違うかも。
ドロドロ濃厚ソースのお好み焼きが好みな私に出されたのは、
キャラメル・チップ・クリーム・フラペチーノな味わいの映画だったのです。
本作は、主に3つのパートで進行します。
イケメンスポーツ優等生の「彼」と自殺願望のある陰キャ女子の「彼女」。
一方的に好きという感情を伝え続ける女子と受け手の男子。
可愛い自分を演じ続けるキャピ子と地味子。
それはそれは甘酸っぱいストーリー。
のはずでした。
本作は、ストーリーにほとんど動的な動きがありません。
細かいエピソードの積み重ねです。いや、エピソードですらない、登場人物二人の会話が延々と繰り返されるのです。
むしろ会話劇と言って良いです。
それもそのはず、本作の原作は4コマ漫画でした。
確かに、本作は4コマ漫画の要素を積み上げてできた映画でした。
場面場面はそれぞれ独立しているのに、完結しているのに、だんだんと感情は映画の世界に引き込まれていきます。
自然と会話劇が心地よく、より心の奥底まで深堀りされていく感覚がありました。
よく聴けばその会話劇は、チャラくてナンパでキャッキャなものではありません。
好き、好かれるという感情に関する一考察。コミュニケーション論。
ほとんど哲学と言って良い会話でした。
はじめは噛み合わない会話を楽しむコメディと思っていました。
でも、物語がすすむがごとに言葉一つ一つが重みを帯びてきます。
たとえば、キャピ子のエピソード。
キャピ子は何度となく映画で描かれてきた典型的なブリッ子です。
あまりに類型化されたキャラクター。そう思って映画を見進めます。
でも、キャピ子と彼女に関わる男とのエピソードの積み重ねがキャピ子に深い影と孤独を落とします。
はじめに登場した時は、あれだけキラついていた彼女が、陰影の深いキャラになるからすごいです。
誰しも、人に好かれたいと思って自分を取り繕う。どうしてそれがいけないのか。
好きでいてもらいたいというのは人間の根源的な欲求でないのか。
そんな思いが、普通なら嫌われがちな、キャピ子のキャラ造形に優しい眼差しをむけます。
次に、八千代とナデシコのエピソード。
何十回も「好き」と言い続けるナデシコちゃん。
はじめは、何回も何回も好きと言い続けて、ややもすると相当うざいキャラになりがち。
でも不思議なことに映画を見終わる頃には、キャピ子同様、めちゃめちゃ優しい眼差しを向けることになります。
恋する乙女はこんなにも可愛いのか、と。
そして、人が恋をして、その相手が、自分を好きでいてくれることの奇跡を感じさせてくれます。
映画館のシーン。いやがおうにも、青春時代がフラッシュバックされます。
最後に、本作のメインストリームの殺さない彼と死なない彼女。
これも他の2エピソード同様、はじめは彼・彼女のやりとり自体が鼻につきます。
でも、コミュニケーションが不器用な彼らが次第にお互いを必要とする関係に変わっていくことに次第に心が動かされていきます。
なぜでしょう。今でも理由は明確ではありません。
ただ一つ感じることは、彼らの会話が硬派だからと思います。
見た目はキラキラムービーなのに、会話一言一言に、お互いぎこちないながらも歩み寄ろうとする、真摯さや一生懸命さを感じてしまうんです。
そして本作は、最後に大きな仕掛けがなされています。
どういう話の展開になるかはここでは書きません。
でも冒頭30分から1時間。
正直この話はどこに向かうんだと、心配になっていた自分が恥ずかしくなるくらいに、物語は一点に集結していきます。
全ての会話の積み重ねの上に、「好き」という感情に関する哲学の世界へとトリップしていることに気がつくのです。
私は恋愛映画があまり好んで見る方ではありません。
でも、この映画は自分の恋愛映画という可能性を感じさせてくれたからです。
ナンパなチャラ男ムービーは、その実、硬派な恋愛哲学ムービーだったのです。
恋愛は、どうしてこんなにも無垢で純粋で愛おしいのでしょう。
本作のラストを思い出し、また目頭が熱くなるのを抑えるのでした。