三児の父はスキマ時間でカルチャーライフ

仕事も趣味も育児も妥協しない。週末菜園家が、三児の子どもたちを育てながら、家事と仕事のスキマ時間を創って、映画や農業で心豊かな生活を送るブログ

映画レビュー「ひとよ」 愛と憎しみのシーソーゲーム

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あなたは母親のことを愛してますか?

あるいは憎んでいますか?


過去の理不尽な言動を許せますか?

母親があなたのためにとった行動を誇れますか?


人は、誰しもが、母親への愛情を感じていると同時に、

相手が親であるがゆえの憎しみを抱いています。

愛情と憎しみの間で揺れ動き、時にそれに悩まされます。


そんなことに気づかせてくれる映画がありました。

白石和彌監督の2019年の公開作品「ひとよ」です。

 


愛と憎しみのシーソーゲーム

 


それはまるで、愛と憎しみのシーソーゲームのような映画でした。

シーソーって、両方のバランスが取れていれば、ゆらゆらと安定します。

でも、本作における主人公たちは、そうではありません。

愛と憎しみの感情が激しくて、荒々しく、ギッタンバッコンと感情が反転します。

 


正解のないシーソーゲームで、観客に親に対する価値観を試してくるのが、映画「ひとよ」なのです。

 


本作では、そんな愛と憎しみのバランスを、映画ならではの極端な設定で描き出します。

 


人生を救い、狂わせた母の行動

 


冒頭、まだ主人公たちが中高生だったころの回想シーンから物語ははじまります。

主人公たち三兄弟は、父親からの、DVに怯える日々でした。

 


ある晩、田中裕子さんが演じる主人公の母親小春が、疲れた顔で帰ります。

人間の生気を完全に失った顔です。

子どもたちの、幸せ、自由のために、小春はDV父親を車でひき殺してしまうのです。

 


それは母親の決意であり、信念であり、覚悟でした。

その覚悟を一身に背負ったのが、母親だったのです。

 


しかし、物事は皮肉で、現実は冷淡です。

母親が、子どもたちのためにとった行動が、逆に子どもたちの人生を苦しめることになります。

3人とも、殺人者という子どもという立場がために嫌がらせを受け、

やりたい事が出来ない暮らしを送っていたのでした。

 


長男は優秀だったけれど、仕事が選べる立場にはありませんでした。

次男も小説家をめざしながらも、風俗ライターでうだつのあがらない日々。

長女は、美容師を志すも、道半ばで、風俗店で働きます。

 

 

 

それは悲しくも、母親が望んだ子どもたちの人生とはかけ離れています。

そんなおり、実刑を受けていた母親が3人の元に帰ってくるのでした。

しかし、3人の小春に対する感情はさまざまでした。

次男こそ、母親のせいで、こんな暮らしになったと、ストレートに母親に対して憎しみの感情をぶつけます。

 


表面表面上母親が戻ってきたことを喜んでいます。

一方で、長男や長女は、心の奥底では、完全には許せていない。

とまどってしまうのです。

 


母親が帰ってきたことは、3人の心の中のシーソーがガタガタと動き始めるきっかけとなったのでした。

自分たちに自由を与え、一方で足枷をはめた母親に対してどんな感情をもったらよいか分からない。そんな心の機微が、役者たちの演技のなかで表現されるのです。

 


心の機微を映し出す役者陣の演技

 

鈴木亮平さん演じる大ちゃんは、離婚するしないで妻と揉めています。

妻は決して、大ちゃんの母親が殺人者であることを責めているわけではない、相談してくれなかったことを責めています。

正論だと思います。

 


大ちゃんにもそれが分かっている。分かっているからこそ、返す言葉が無い。

かろうじて絞り出す言葉も吃音になってしまいます。

そんな究極なまでの不器用さ加減を、ガッチリとした肉体とのギャップ含めて見事に体現されていたと思います。

 


次男の、佐藤健さん演じるゆうちゃん。

今回一番、軋みの大きいシーソーの役回りでした。

あんなに美形なのに、やさぐれている感じがオーラだけで語れる人材だと思いました。

母親の一言一言に敏感で、一瞬眉をひそめるだけの演技が、演技全体のオーラにつながっていると思いました。

 


長女の松岡茉優さん演じる園子は、言うに及ばずだと感じています。

細かいコミカルな演技が、「本当にこういう人がいるよね」という感覚になって、それが没入につながっていると思います。これまでの演技でもみせてくれている安定感が、今回でも炸裂していたと思います。

 


そして、圧倒的な存在感として描かれるのは、そんな兄弟の親であり、人生を救い、狂わせた元凶である母親の田中裕子さん演じる母の小春です。

子供三人らが、現実にいそうな兄弟として絵が描かれる一方で、その母親はどこか何か超越した存在として描かれています。

 


何を考えているのか、もはや子供たちですらわからない。でも、その言葉ひとつひとつに母親としての強さを感じさせます。

「ここで謝ったら、子供たちが迷子になる」

終盤語られるこのセリフで、母親の存在感に急に説得力が帯びます。

 


まとめ

本作は、この役者陣の演技をみているといっても過言では無いレベルです。

正直ストーリー自体は、佐々木蔵之介さんの演技とか、筒井真理子さんのエピソードとか、3人の主人公の心情変化を起こすためだけに存在していて、ストーリーを進めるための人物になっていると思います。

 


でも、それを覆うだけの魅力がこの家族の演技には含まれていたと思います。

 


アクションも映画ならではの飛躍があって良かったです。

佐藤健さんの飛び蹴りは単純にカッコ良かったですし。

 


そんな演技に支えられた物語テーマ。

だれもが感じる親への複雑な感情。

愛と憎しみのシーソーゲームと表現しました。

そのシーソーは、中高時代からの年月が経て、軋みが生じていました。

軋んだシーソーは、もはや母親が帰ってきたという事実だけでは元に戻りませんでした。

 


それでも、主人公たちは、母親の存在を飲み込んで消化しながらも、最後前向きに進んでいきます。

 


この映画で描かれるのは、あくまでも極端なケースでしょう。

でも、現実に生きる私たちの世界においても、私たちは多少なりとも、親に対して複雑な感情に折り合いをつけながら生きているのです。

そんなことを気づかせてくれた傑作でした。

 

 

ひとよ

ひとよ

  • 発売日: 2020/06/24
  • メディア: Prime Video